「本当に許しちゃったんですね。今日出所ですよ」
 もう、ため息も出なかった。この人の甘さには。
「そうか、良かった」
「本当に良かったんですか?怖くないですか?」
「これでよかったんだよ。怖くなんてない。…さ、私の仕事は今日は終わりだ。失礼するよ」
 いつもよりえらく帰りが早い。黒いコートを羽織るあの人を俺は睨みつけた。
「なるほど。これから大将とお楽しみですか?納得だよ。だから俺と寝てくれなかったんだ。好きじゃないなんて、大嘘じゃないっスか」
 軽蔑したように言うとあの人が悲しそうな目をして首を横にふった。イジラシさに、俺はちょっと頭にきた。
「嘘もいい加減にしろよ」
「ごめん、なさい」
「やっぱ大将と寝るのかよ。最悪だ」
「嘘をつきたかった、わけじゃない」
何それ?
 聞こうとしたけど、聞けなかった。あの人の笑顔があまりにも切なげだったから。
 あの人が出て行くドアの音が、心にずっしりと重かった。

 抱いてなんて貰えないこと、わかっていた。いつもみたいに夜中に帰宅したら、エドにばったり会ってしまうかもしれない。私の為にって、いつも私の家の近くのホテルに泊ってくれていたから。今なら、家族にまっさきに会いに駅へ行くエドと出くわす心配も無い。 今頃、電車に揺られているかな?いつもアップルパイを持ってくるあの子と幸せに、しているのかな。あふれる涙を否定するようにそっと、目を閉じた。今日もベッドには、私ひとりだった。エドに強姦されたあの日から、ずっと一人。

きっとこれからは、永遠に一人だろう。ダレも、もう私の隣には来ない。エドが抜けてぽっかり開いた穴を幻影で埋めながら生きていくと、決めた。
エド、見守るくらい、許して。

お前が言った昔の甘い言葉が私の心を抉り取っていく。幸せだった。今だって、お前のことを思い出せば。
指輪をはめた指を握り締めて、はっと気付く。気配が、した。空気が動く気配。振り向こうとしたら、動けなかった。後ろから、抱きしめられていた。暖かくて、 でも鋼の部分が冷たいこの感触。
 何度も思い出した忘れられない温度。
「…ただいま」
 何度も繰り返し、頭の中で甘い言葉を呟いたその声。驚愕で動けもしない。どうしたの?文句言いに来た?

「勝手に入って、ごめん。でも合鍵はあんたがくれたんだよ。怒ってる?」
 そんなわけが、ない。何にも、怒ってなんてない。
「会いたかったんだよ」
 気軽に合鍵を渡せたあの時間は、ずっと遠い過去。会いたい気持ちは私も、だけど。
「もう殴ったりなんかしないよ。二人で暮らそう。いいよね?だから、俺のこと少年院から出してくれたんでしょ?許して、くれたんだよね」
「…違う」
 ここに来たのはお前の間違えだ。ここに来るべきじゃない。もっと行くべき所があるじゃないか。かえるべき家も、あうべき人もお前にはたくさんある。

さっさと、御行きよ。嘘をついて、あげるから。
「お前が子供だったからだ。有能な芽を潰すわけにはいかない、軍人として」
「俺アンタが本当に好きだ。アンタが俺のこと好きなの知ってるよ」
 ずっと二人でいよう。私の心に突き刺さって。涙なんかより、嬉しさがあふれて。駄目だ。駄目なのに。やっぱり、私はこんなにもお前のことを…
覚悟が一瞬で崩れさった。全部棄ててエドといたい。エドの幸せを、邪魔してでも。
 ごめんね。嘘なんてもう、つけないんだ。スキ。愛しているからさよならなんてことはできなかった。ずっとお前を待っていることも離れることもできやしなかった。必要なんだ。

「許すよ。何でも」

…ごめん。     
「‥ほんと?」    
 さらにいっそう抱きしめてくれたから、体温がぐっと近寄る。もうお前を、手放せない。
「アンタのために何でもする。何でもあげる」
ごめん。

「モノはいらないさ。お前の近くに、いられれば。ずっと」 

 ごめん。
「うん」  

 ごめん。
「二人でいよう。俺がもってる土地がある。誰も入ってこない島で。邪魔できないように」
 一応、頷いておく。有りえないはずの未来をせめて、お前が幸せでありますように。
「ずっと、一緒に、本当にいてくれるか?」
「うん」
「死んでも無人島から出さないで」
ずっと、お前といさせてほしいんだ。

「…いいよ、そだね…アンタが死んだら、あそこに埋めてあげる。それでアンタの好きな花添えて手ェ皆であわせて、次の日に俺も後追うよ。俺が先に死んでも、そうしてね。死んでも一緒にいられるように」
 私よりお前が先に死ぬのは、ありえないよ。そう思ったけれどまた、頷いた。
「なぁ」
「ん?」
 幸せそうなエドの声がした。嬉しかった。
「海が、好きなんだ」
「海?」
「蒼くて広くて、綺麗だろう?潮の臭いとか、風とか」
「ああ、そうだね」
「声が、よく通るんだ。海だと」
「無人島にもあるよ、海。毎日、見られるよ」
 そうか、お前と行けたら良かったな。手を繋いで、海に。
「歌ってよ。綺麗だよ、声も。俺と海辺、いこうね。歌、聞かせて」
そうだね、歌うさ、永遠にお前のために。

 

ハボック、お前に、うそをついた。

お前に歌を聞かせたのは居なくなった、ヒューズのかわりじゃない。

私が聞かせたかったのは、ずっと。

 

残されたほんの少しの時間でも、ぎりぎりまでお前と抱き合っていたいから、もっとお前を感じられるように力を抜いた。
 エド、幸せそうだな。良かった。
 お前を愛しているよ。お前を誰より、大事に思っている。

私は邪魔なのに、スキになって悪かった。
毎日海を見て、歌って、お前に思い出して貰えたらいい。お前には、幸せになってほしいから。
時々、海を見て、歌を口ずさんで、私を思い出して。 そうしたら私は幸せ。
お前の近くにいられるのなら、永遠に。

だからお前は後悔することない。

泣かないで欲しいんだ。私は幸せだったから。

魂の転生がもし、本当にあるなら、もう一度お前に会いたいな。

 

さようなら。

 
 
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送